「三国志」の中には、趙範という太守・降将が、攻め手の趙雲に対して、

「将軍とてまえとは、同じ趙氏ですな。同姓であるからには、先祖はきっと一家の者だったにちがいない。どうか長く一族の好誼をむすんで下さい」
「ああ。こちらは、子龍将軍でいらっしゃる。しかもわが家と同じ趙姓だ。おちかづきをねがって、何かとおもてなしするがいい」
「こちらはどなたですか」(その美貌に、眼を醒ましたように、趙範をかえりみて訊ねた)
「私の嫂(あによめ)です」
「それは知らなかった。召使いと思うて、つい」
 趙範は、傍らからその美人へ向って、お酌をせいとか、そこの隣りへ坐れとか、しきりに世話を焼きだしたが、趙子龍が、「無用、無用」と、疫病神でも払うように手を振ってばかりいるので、せっかくの美人もつまらなそうに、立ち去ってしまった。趙雲は、その後で、趙範に咎めた。
「何だって嫂ともあるお方を、侍婢かなんぞのように、軽々しく、客席へ出されるのか」
「いや、―実はこうです。そのわけというのは、彼女はまだ若いのですが、てまえの兄にあたる良人に死別れ、寡となってから三年になります。もうしかるべき聟をとったらどうだと、それがしはすすめていますが、嫂には、三つの希望があるのです。一つは、世に高名を取り、二つには先夫と氏姓の同じな者、三つには文武の才ある人という贅沢なのぞみなので。いかがでしょう。将軍」
「なにがだ」
「嫂の日頃の希望は、さながら将軍の世にあるを予知して、これへ見えられる日を待っていたように、将軍のご人格とぴったり合っています。ねがわくは妻として将軍の室に入れて下さらんか」

と嫂を材料にして「歓待」しかけていた、何だか切ない感じの人物が登場していました。これは仮の話ですが、まだ年齢も若くて人格的にもまだ「早生まれ」的な幼稚な「サイテーの愚将」であったものと想像される、しかしながら貴種として奥州藤原氏の勢力圏の範囲内では大人気の存在になっていたらしい、若武者・源義経の、当時の平泉近隣の各地土豪の主催する酒宴での歓待は、実はその手のはしたないものだったのかも知れません。私は思うのですが、「雅(みやび)なY染色体が平泉あたりの土豪の社会集団に混入?」のような先祖の記録は、あと何百年経ったのなら、恥とも思わずに、冷静な研究対象になることが、果たして出来るものなのでしょうか。

 これは霊長類の系統樹です(https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shinka/keitou/jyu/jyu.html)。

霊長類の中でも大型類人猿のみに的を絞った人類歴史年表はこんな感じだそうです(http://1000ya.isis.ne.jp/1177.html、http://www.eonet.ne.jp/~libell/sinkakeitouzu.html)。必ずしも系統樹の形はしていません。たぶん、樹計の形に単純化すること自体がそもそも、生物学的に間違っているのだろう、と思います。





 「荒っぽい議論」で、(私が密かに尊敬している・京都新聞にも時折コラム記事を書いてはる、人類学者の)山極寿一先生には、叱られてしまうかもしれませんが、
・チンパンジーは集団生活を営みます。人類の戦争の起源は、チンパンジーの他の群れの襲撃・子殺し、という行動と、起源を同じくするものだと思います。
・チンパンジーの中では、でも、別名がピグミーチンパンジーのボノボという類人猿は、またの名を「性的なサル」というらしく、かと言って動物園で見るボノボは決して、嫌らしいとかポルノチックだ、という印象を与える存在でもないと思うのですが(除・中2男子)、ボノボは日常的にフェラチオやクンニリングスを行っています。これは、考えようによっては、他の群れの襲撃・子殺し行為を代理する発明です。ボノボでは、若いメスはいつでも発情しており盛んに交尾し、月経周期はなく排卵もないそうです。不妊期でも、交尾できます。
・ゴリラのドラミングとは、二足で立ちあがってこぶしで胸をたたいている姿のことです(http://33093324.at.webry.info/201610/article_1.html)。

・人間の(特に、〜ごっこ)遊び、は学習行為に必要不可欠なプロセスで、チンパンジーにも同様の文化は在るそうです。で、その遊びの話なんですが、私はあまり馴染みのないイギリスのクリケットという球技は、何と、「やっているプレイヤー本人がやっているうちに飽きる!」という逸品だそうです。子どもの遊びでも、鬼ごっこやかくれんぼにはプレイ時間の決まりごとは無いのが普通で、大概の場合、疲れたら終わり、暗くなったら終わり、飽きたら終わり、で、ゲームセットに成ると思います。そうは成らないスポーツというのは、遊びそのものが起源というよりは、何かしらそれにショー(見世物)的要素が追加されているのだろう、と思います。
・オランウータンは「森の人」という意味のマレー語だそうで、樹上生活しています。オランウータンが他のサルと一番違うのは、眠るための巣を毎日作ることです。顔の横が広がるのが特徴なのですが、この特徴は強いオス猿の象徴だったみたいで「フランジ」と言います(https://www.gizmodo.jp/2016/02/orangutan_murder.html、https://www.malaysia-borneo.com/borneo-island/animal/orang-utan.html)。一度発達した「フランジ」も、動物園などでは再び「アンフランジ化」可能なもののようです。


他のオランウータン・子どものオランウータンなどは普通の猿顔をしています(http://japanese.china.org.cn/life/txt/2012-07/13/content_25899812_2.htm、http://sumikaweb.exblog.jp/i42/)。

これはチンパンジーの赤ちゃんではないようです。

オランウータンの一般的な行動様式なのかどうかは分かりませんでしたが、ボルネオ島の人類学者たちは、オランウータンのオスとメスの珍しい共同作業を観察していたそうです。このKondorは、より年上のメスであるSidonyと仲が悪く、KondorがSidonyの娘に近づいた際、Sidonyは彼女を叩き、噛みついた事もあります。この喧嘩の際に、KondorがオスのEkkoを雇い、Ekkoの犬歯がSidonyに致命傷を負わせた(オランウータンの咀嚼は、強力)、という殺人というよりは、傷害致死のような不慮の事故のもたらした悲劇だったようです。
 また、霊長類の中ではヒトとこのオランウータンのみで例外的に、レイプのような性行動を行った観察例が残されているようです。

 

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