記念すべき第60回は、我々自身の研究を紹介することにします。文章が長くなりそうなので、文を2つに分けて、今回は遺伝学的なメカニズムが解明されるまでを解説することにします。

Science 320, 548 (2008)
Mechanism of Self-Sterility in a Hermaphroditic Chordate(雌雄同体の脊索動物の自家不和合性のメカニズム)
Yoshito Harada, et al.

 カタユウレイボヤの自家不和合性システムというのは、関わる遺伝子座の数も、それが働くしくみも全く分かっていませんでした。トーマス・ハント・モルガンが6つ以上の遺伝子座が働くだろうと予想したこともあって、自家不和合性システムを遺伝学的に解明しようという研究はほとんど行われていなかったように思います。でも私は「ハプロイド精子仮説」に記述した通り、村部さんらの実験データ通りなら、関わっている遺伝子座の数はもっと少ないのではないかと考えていました。またハプロイド精子仮説が正しそうだということを村部さんらが明らかにしたことは、ものすごく大きな意味を持つことだったと思います。

 ハプロイド精子仮説が正しいものとすると精子の遺伝子型を縦軸に、卵の遺伝子型を横軸にとった3×3のグラフ(受精が可能な場合はその欄を赤で塗りつぶし、受精が不可能な場合は白いままとします)はカギ字型に折れ曲がった図形を描きます。私は自動車教習所の「クランク・カーブ」に形がよく似ているので、「クランク型」と呼んでいました。
 非常に面白いことに、自家不和合性システムに関わる遺伝子が複数あって、それらがANDロジック論理回路(不明な場合は「オオムギの自家不和合性」をご覧下さい)を作る場合には3×3のグラフを1ユニットとして、それを入れ子状にしたような形になります。図示したのが、遺伝子座位の数が仮に3つだった場合の図で、3×3のグラフが3重に入れ子になっています。

このあたりの話は下記のレビューをご覧下さい。

Int. J. Dev. Biol. 52: 637-645 (2008)
Allorecognition mechanisms during ascidian fertilization(ホヤの受精時の自他識別のメカニズム)
Yoshito Harada and Hitoshi Sawada

 遺伝学解析のパネル作製に用いたのが、リソースの制限からわずか24個体だったので、解析がうまく行くかどうか不安はあったのですが、不思議なほどうまく行きました。これはlocus Bに、片方のホモ遺伝子型しか現れなかったからだと思います(「BB」、「Bb」という遺伝子型は現れるが「bb」という遺伝子型は現れてこないので、遺伝子型の種類が3種類ではなくて2種類になる)。偶然というにはあまりにも不自然ですので、私は現在は、locus Bに強く連鎖した劣性致死遺伝子が存在するか、あるいはテミス遺伝子が劣性致死遺伝子そのものなのではないか、と考えています。真偽のほどは現時点では分かりません。

 「ハプロイド精子仮説」が正しいものとすると、そこから1つ非常に面白い帰結が導入されてきます。すなわち、s-テミス遺伝子の発現は、減数分裂後の成熟精子の1倍体ゲノムで起こっているということです。減数分裂前の精原細胞のゲノムは2倍体ですし、シンシシウム構造を取っていて細胞質同士がつながっていると考えられていますので、1倍体による遺伝子支配を受けているということは、1度s-テミス遺伝子の発現が中断されたのち、成熟精子で発現が再開しているものとしか考えられません。通常、成熟精子は転写に関しては不活性なものと考えられているのですが、ホヤではその辺の事情が異なっているのかもしれません。今後の解析を待ちたいと思っています。

 

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