今回は脊椎動物の左右軸の話です。脊椎動物の体は、一見左右対称に見えますが、そう見えるのは外観だけで、内部構造は、例えば心臓が左側で肝臓は右側にあるなど、左右が非対称となっています。左右性が逆転した表現型を、内臓逆位(situs inversus)と言います。「北斗の拳」の「サウザー」みたいなものです。もともと卵の形は球状で左右対称なので、いつ頃からこの左右非対称性が生まれてくるんだろう?というのが疑問点かと思いますが、マウス胚ではそれは原腸陥入の頃です。何らかの鍵となるシグナルによって、もともとの左右対称性が破られるということが古くから分かっていました。古典的な考えですが「F」というキラルな分子によって、前後軸・背腹軸という他の2軸から左右軸も定まるという仮説を1990年に唱えたのがルイス・ウォルパートです。分子のキラリティが体の左右性を決定するという考え方は当時は新鮮なものとして受け入れられたかもしれませんが、現在では広く当然のことと考えられています。それが「良い仮説」の条件なのでしょう。

 今回の話は

Cold Spring Harb Perspect Biol 2009, 1
Left−Right Determination: Involvement of Molecular Motor KIF3, Cilia, and Nodal Flow(左右決定:分子モーターKIF3、繊毛、ノード流の関与)
Nobutaka Hirokawa, Yosuke Tanaka and Yasushi Okada

という論文をベースにしています。いくつか未解決の問題は残っていますが、上記論文は素晴らしいレビューです。

 マウスの胚にはノード(原始結節:node)という部分があり、脊索前駆細胞によって構成されています。即ちノードは将来脊索へと発生します。ノードの中央部には窪んでいる部分がありノーダル・ピット(nodal pit)と呼ばれています。ノーダル・ピットには、繊毛を備えた細胞がたくさんあります。当初この繊毛は通常の繊毛構造と違うので(中心微小管ペアがない)、動かない繊毛なのではないかと思われていましたが、見事に時計回りの回転運動をしていることが、ビデオ動画として示されました。

 この回転運動が右から左への直進運動にコンバートされて、それが左右性の決定に中心的な役割を果たすというのが

Nature 418, 96 (2002)
Determination of left-right patterning of the mouse embryo by artificial nodal flow(人工的なノード流によるマウス胚の左右パターンの決定)
Shigenori Nonaka, Hidetaka Shiratori, Yukio Saijoh and Hiroshi Hamada

の論文です。レビューにも「素晴らしい」と書いたのですが、このオリジナル論文も、多少古い仕事なのですが、実に素晴らしい論文です。

 野中さんらはペリスタポンプを使って人工的な水流を作って、胚のノードにあてがってみました。すると、左向きの水流を作った場合は正常な左右軸が形成され、右向きの水流を作った場合には左右性が逆転したではありませんか!しかも iv胚(ノードの繊毛が動かないで、左右軸がランダム化するミュータント)の表現型もこの処理によってレスキューされます。つまり、この実験は「ノード流によって左右性の決定が起こる」ということを完璧に(!)示しています。
 ノードにおける右から左への液体の流れも既にビデオ動画となっています。

 ですので繊毛の回転運動が、どうやって水流の直進的運動へとコンバートされているのか?ということが1つめの課題になります。直進的運動は分子量が20-40 kDaの分子についてのみ起こります。分子がそれよりも大きいと繊毛のまわりをくるくる廻るだけで、逆に小さいと自由拡散してしまいます。
 当初、マウスのノードは三角形なので、その形が運動のコンバートに重要なのではないかという仮説が提案されたのですが、魚やウサギのノードは円形なのにノード流はきちんと観察されたことから、そのアイディアは否定されました。色々調べると繊毛は後方に傾いていて、その傾きが左右性の決定に重要であることが分かってきました。

Nature 466, 378 (2010)
Planar cell polarity breaks bilateral symmetry by controlling ciliary positioning(平面内細胞極性は繊毛のポジショニングをコントロールして左右対称性を破る)
Hai Song et al.

平面内細胞極性(planar cell polarity)というのは髪の毛の生える向きなんかをコントロールするシグナル経路の1つです。この論文は「平面内細胞極性がおかしくなると胚の左右性もおかしくなる」ということを示しています。つまり「繊毛の後方への傾きは運動のコンバートに必須である」ということです。

 このコンバート問題は完全に解決されたとは言えないのですが、左側に運ばれたシグナル粒子がそこでトラップされて断片化されることによって、左から右へのシグナル濃度勾配ができるのではないかと現時点では考えられています。

 2つめの課題というのは「ではそのノード流によって運ばれている物体は何か?」ということです。ノード流は物体を運んでいるのではなくて、聴覚刺激のように繊毛がセンサーとして働いて水流を関知しているのではないかという仮説が古くからありました。それを「2 cilia hypothesis(水流を産み出す繊毛と関知する繊毛とが存在する)」といいますが、この仮説を否定したのが次の論文です。

Nature 435, 172 (2005)
FGF-induced vesicular release of Sonic hedgehog and retinoic acid in leftward nodal flow is critical for left–right determination(左右軸決定にはノード流の左向きの流れに加えてFGF(fibrocyst growth factor:線維芽細胞増殖因子)によって誘導されるSonic hedgehog(Shh)とレチノイン酸の小胞放出が必須である)
Yosuke Tanaka, Yasushi Okada and Nobutaka Hirokawa

この論文はFGFシグナリングの下流で、直径0.3-5 µmのnodal vesicular parcels(NVPs)という小胞の放出が起こるというものです。NVPsはShhとレチノイン酸を運びます。ノードの左側に運ばれたNVPsはそこでトラップされて断片化されるので、ノード内をぐるぐる廻ることはありません。Shhとレチノイン酸の濃度勾配もその結果としてできることになります。つまり「ノード流はメカニカルな役割を果たしているのではなく、化学的なシグナル分子を運ぶ役目を果たしていた」というわけです。
 Shhとレチノイン酸の下流ではカルシウムイオンが重要な役割を果たしていて、ノードの左側でのみイオン濃度の上昇が起こります。その下流ではさまざまな左側特異的な遺伝子が活性化されていくのですが、この文では最初の「対称性が破れる」ポイントのみに話の焦点を絞ることにしますので、カルシウムイオン以降の話は別の話にしようかと思います。
 それにしても過去の有力な仮説(そのうちの1つは自分自身のもの)に対して、実験的事実によってその真偽を明確に決定していくというのは科学の進歩のお手本のような印象を受けます。

 なお、お話ししたノード流の話は主にほ乳類の話でした。他に魚類でもノード流は重要な役割を果たすと考えられているのですが、繊毛の他にも左右性決定経路があるらしいとか、ニワトリやカエルの胚では繊毛形成よりも前に胚の左右性が決定されているとか、ニワトリ胚ではノードにおける細胞移動が重要であるとか、いろいろな実験事実があります。「対称性の破れ」は、ちょっと話は違うのですが「性決定」みたいなもので、種間で広いバリエーションがあるのかも知れません。

 

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