今回紹介するのは

Nature 438, 454 (2005)
Isolation and characterization of a protochordate histocompatibility locus(原索動物の組織適合性座位の単離と特徴づけ)
Anthony W. De Tomaso, et al.

です。

 ホヤは単体ボヤと群体ボヤに分けられますが、これは系統的に2分されるということではなく、色々な系統に単体性の種と群体性の種とがあります。本種のイタボヤというのは単体性のマボヤやシロボヤに近い仲間です。イタボヤと同じく群体性を示すウスボヤというのは、イタボヤとは系統的に遠く離れた仲間ですので付記しておきます。
 イタボヤの組織適合性に関しては、実はまだ私の中での考えが定まっていないので、この文章にはいくつか大胆な予想が含まれてしまうのですが、問題提起の意味も込めてここに記しておくことにします(念のために今日の日付は2011年10月27日です)。科学的事実はイタボヤの研究者の方々自身によって、今後解明されていくことと思います。

 ホヤの群体というものを簡単に説明しますと、オタマジャクシ型の幼生が変態したものを個虫といいます。個虫は一匹のホヤなのですが、出芽によって無性生殖的に増殖してコロニーを作ります。コロニー内の個虫は共通の被のうによって包まれ、脈管によって結ばれています。脈管先端の膨大部がアンプラと名付けられた部分で、この部分が隣のコロニーのアンプラと接触することによって組織適合性反応が起こります。
 2つのコロニーが接触したあとの反応は2つに分かれます。1つは融合というキメラコロニーをつくる反応で、もう1つはPOR(point of rejection)という黒い斑点を作らせる拒絶反応です。この反応を支配するのがfuHC (fusion/histocompatibility) 座位という単一の遺伝子座位で、どちらか片方のもしくは両方のfuHC座位を共有する近親のコロニー同士は融合するのですが、共有するfuHC対立遺伝子座位が1つもなかった場合は融合が起こらないで拒絶がおこります。この論文が出版された時点でマッピングの完了したfuHC遺伝子の候補領域は1.3Mbありました。シーケンシングも全て終了済みであると書かれています。
 多少、名前がややこしいのですが、fuHC座位の原因遺伝子として同定されたのがFuHC遺伝子です(Fを大文字にしておくことにします)。FuHCは1つのEGFリピートと免疫グロブリンドメインを持つ1回膜貫通型タンパク質で(ほ乳類の免疫グロブリンとはファミリーが違いますので、オーソログではありません)、この他に分泌型のmRNAもあります。非常に多型的な遺伝子です。また、FuHCは生殖系列の細胞では発現しませんので、受精時の自他識別とは関係ないと論文には書かれていました。
 決定的だと私が思うデータは野生個体の多くからFuHC遺伝子を単離して遺伝子型を決定したときの話で、コロニー同士がどんな反応をするのかという表現型は、FuHCの遺伝子型と完璧に一致しました(この話が実は異なるんじゃないか?、という話が「イタボヤ・その3」のものです)。
 「コロニーがなぜこのような自他識別を行うのか」という問題について、デ・トマゾさんらは「stem cell parasitism(幹細胞寄生)」という見事な仮説を提唱していて、私もこれがほとんど正しいのではないかと思っています。つまり、個虫が新たなコロニーを産み出すというのは大変なことで、それよりも既存のコロニーに寄生して幹細胞を送り込んであげた方がいいわけなのです。送り込まれる方からすると、寄生されてはたまったものではないので、自分の生殖細胞と他者の幹細胞を区別する仕組みが発達してきたという仮説です。
 この論文は素晴らしい論文です。インターネット上では「丘浅次郎先生や渡邊浩先生の先駆的な仕事を軽視しているのではないか」という的外れな批判がなされていましたが、それはまったくの誤解です。

 このFuHCのパートナー分子として提唱されているのがfesterとUncle fester遺伝子です。

Immunity 25, 163–173 (2006)
fester, a candidate allorecognition receptor from a primitive chordate(fester:原索動物の自他認識受容体の候補分子)
Spencer V. Nyholm, et al.

Immunity 34, 616–626 (2011)
Allorecognition in a basal chordate consists of independent activating and inhibitory pathways(原索動物の組織適合性反応では融合と拒絶は別経路の反応である(大分意訳です。すみません))
Tanya R. McKitrick, et al.

両者ともfuHC座位内の遺伝子で、Sushiドメインを持っています。festerにはものすごく沢山の種類の転写産物があり、筆者らはオルタナティブ・スプライシングによってタンパク質の多様性が生じるのでは?と議論しています。また、転写産物の種類を限定するほ乳類のリンパ球のような「学習プロセス」があるのでは?と書いています。
 ものすごく面白い仮説なのですが「じゃあどうやって細胞は特定のスプライシング・パターンを維持するんだ?」という疑問がすぐにわいてきます。同じエピジェネティックな決定でも遺伝子のメチル化のほうは、メチル化状態の維持と継承を論理的に説明することが可能ですので…。
 festerの遺伝子型はコロニー同士がどんな反応をするのかという表現型と結びつかず、アレルを共有しているコロニー同士も融合できないことがあるそうです(だからオルタナティブ・スプライシングが持ち出されてきているわけですが)。
 これらの遺伝子の機能解析にはsiRNAとモノクローナル抗体による阻害実験が行われています。fester遺伝子の機能を阻害すると融合も拒絶も起こらなくなります。Uncle festerは少しfesterとは様子が違います。Uncle festerは多型的な遺伝子ではなくて、機能阻害を行った場合も拒絶のみが起こらなくなり、融合には役割を果たしていないと考えられます(つまり融合と拒絶は別の経路に由来する反応)。
 融合タンパク質を使った実験では、FuHCとfesterタンパク質が相互作用することは確認できなかったそうです。

 これらのことから、私はFuHCが組織適合性に中心的な役割を持っていて、またfester(Uncle fester)が融合・拒絶反応に必須な遺伝子であることは認めますが、FuHCのパートナーとしてはfester(Uncle fester)とは別の、未知の分子がその役目を果たしているのではないか?と考えているのです(大胆な予想)。
 まずエピジェネティックな決定だったら、遺伝子の配列は関係ないので、遺伝子がゲノムのどこにあっても構わないことになりますが、実際にはfester(Uncle fester)はFuHC遺伝子と強く連鎖しています。ということはこれらの遺伝子群は何か共通の分子によって(オペロンのような)発現制御を受けているのではないでしょうか?
 「じゃあ何の分子がfester(Uncle fester)の代わりに機能しているんだ?」という疑問に対しては、私は「カタユウレイボヤの自他認識でも働いているポリシスチン分子(s-テミス)ではないのか?」と思っています。2007年にフランスで行われたホヤ・ミーティングでデ・トマゾさんはポリシスチンがfuHC座位の中に含まれているというスライドを提示してくれました。私の覚え違いであったら申し訳ないので、論文の図やシーケンスデータを探してみたのですが

Immunogenetics 55, 480–490 (2003)
Initial characterization of a protochordate histocompatibility locus(原索動物の組織適合性座位の単離(再び意訳で、どうもすみません))
Anthony W. De Tomaso and Irving L. Weissman

この時点ではFuHC座位の半分しか解読は終了していなかったようで、論文中の配列をqueryにしてblastp検索を行った結果では、ポリシスチンもFuHCもfester(Uncle fester)もヒットしてきませんでした。

 FuHC遺伝子が受精時の自他識別とは無関係なことは間違いありませんが、私が以前読んだ日本語の教科書ではイタボヤでは組織適合性時の自他識別も受精時の自他識別も同じ遺伝子座位によってコントロールされていると書かれていたような気がします。どなたか教えて下さると幸いです。私の言う日本語の教科書とは「ホヤの生物学」という本です。
 上の内容を英訳して雑誌の「Matters Arising」のようなコーナーに投稿してみれば良いのかもしれませんね。時間があれば今後トライしてみます。まずはデ・トマゾさんにメールを書いてみるのが先ですが…

 

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