今から20年ほど前の大学生の頃、京都大学にノーベル賞受賞者のジム・ワトソンが訪ねてきたことがありました。彼は「ヒト・ゲノム」についての口演をしていたのですが、講演が終わって質疑応答の時間となって、誰かが「そのゲノムは誰のゲノムなんですか?」という質問をしました。ジムは「またか」という顔をして「こんな質問はどこでも出るもので、本当に下らない質問だ」というようなことを言いました。こんなことを言われると質問することに恐怖心を持ってしまうので、本当は言ってはいけないことだと思うのですが…。ちょっと内容は違うのですが、以前に「気楽が一番!」で書いた「その研究は何の役に立つのですか?」という質問も、やはり決まり切った下らない質問のように思います。

 質疑応答というのは、オーガナイザーが講演会を盛り上げようと、マイクを持って走る人など色々の準備をするのですが、その場で良い質問を思いつくことは、やはりまれなような気がします。その場では質問が1つも出なくて、座長がわざわざ考えることがあるくらいです。
 質問をメールで受け付けて、良い質問であったら質問と返答を web で公開できるようなサイトをオーガナイザーが立ち上げてみてはどうでしょう?時間が経つと質問内容を急速に忘れてしまうので、あるいは質問はメールで送るよりもアンケートに記入した方が良いのかもしれません。聴きっぱなしになるのでなく口演についての何らかのフィードバックが得られるので、聴衆にとっても有意義なものであるように思います。また「ディープ・シンカー」も、語学力に自信のない人も質問することが可能で、良い質問が増えるのではないでしょうか。その web ページにはメール、アンケートの質問やその回答を載せておけば良いでしょう。「質問があればアンケートにも記入すること、アンケートはできるだけ忘れずに回収されること」をアナウンスすることも忘れてはいけません。
 以前留学していた時にスティーブン・ホーキング博士が講演会を行ったことがあって、1分くらい時間が経ってから「Yes」とか「No」とかいうような質問に対する短い回答が返ってくるという新鮮な体験をしました。私はその時「質問の答えというのは即時回答じゃなくても良いんだ」と思いました。質問する方も、回答する方も、時間がたっぷり用意された方がよりよい質問、回答が産み出せると思います。

 ちょっと話はずれるのですが、先日地下鉄の中でMBA(経営学修士)の学生募集のポスターを見ました。「A 社で開発された製品について価格を定めてくれ」というな内容で、抽象的な質問のような印象を受けました。実際には企業と商品名がきちんと定められないことには、商品の価格など決定できません。その当時の新聞・ニュースを調べてその商品の置かれた状況を知り、学生は商品価格についての詳細なレポートを作製する、といった非常にエキサイティングな作業がMBAの教育内容なのだと思います。ポスターを見た学生が抽象的な教育内容だというイメージを持ってしまうといけないので、蛇足ながら補足しました。

 

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