今回紹介するのはいつもと違ってレビュー論文です。レビューのテーマは幅広いのでこのような記事には向かないのですが、素晴らしく良くまとまった論文なので自分への覚え書きを兼ねて紹介しておこうと思います。論文は

Develop. Growth Differ. 50, S239–S256 (2008)
Development of the appendicularian Oikopleura dioica: Culture, genome, and cell lineages(ワカレオタマボヤの発生:飼育、ゲノム、細胞系譜)
Hiroki Nishida

です。論文のタイトル通り、この生き物の発生に関して詳しく記述されています。

 ワカレオタマボヤは世代時間がわずか5日間(!)という動物です。表皮から分泌される「ハウス」の中に住んでいて、1日に10回ハウスを替えます。ハウスが形成される時にはわずか10分でできるそうです。ハウスはマリンスノー(雪のように降り積もる海中の有機物)の主成分となっています。以前ウナギのアンモシーテス幼生が何を食べているのか分からなくて(顕微鏡で胃の中を見ても何も見えない)、この生き物は何も食べていないのではないかと疑問が持たれていたのですが、彼らのエサは透明なこのハウスであったことが分かりました。ウナギの幼生だけでなく様々な生き物がこれを主要なエサにしていることと思われます。
 ワカレオタマボヤは生涯オタマジャクシ型の体制を維持します。尾は泳ぐのではなく、ハウスの中に水流を産み出すために使われています。特筆すべきこととして、樽型に変態はしませんが、尾の向きが90度変わります(これが "変態" と言えるかも知れません)。その結果、尾は左右にビートを打つのではなく、背腹軸(上下に)にそって運動することになります。また、一般にホヤ類には高等植物のような雌雄同体の種が多いのですが、ワカレオタマボヤは報告されている限り唯一の雌雄異体種で、オスの個体とメスの個体があります。
 西田先生は、実験室にこの種の室内飼育システムを維持しています。

 ワカレオタマボヤのゲノムサイズはわずか72Mbです(カタユウレイボヤは160Mb、ナメクジウオは550Mb、ヒトは3,000Mb)。でも遺伝子の総数はそんなに変わらないので本種の遺伝子密度は5kbに1個ととんでもなく高いことになります。イントロン(遺伝子の62%で50bpより小さい)および遺伝子間距離もものすごく短いことになります。またカタユウレイボヤや線虫と同様のトランス・スプライシング(別の転写産物との間でのスプライシング)を行います。Hox遺伝子が一部失われていますが、カタユウレイボヤで失われているHox遺伝子とは違う遺伝子が失われています。

Science 294, 2506 (2001)
Miniature Genome in the Marine Chordate Oikopleura dioica(ワカレオタマボヤのミニチュア・ゲノム)
Hee-Chan Seo, et al.

 上記の論文は本種のゲノムについてのものです。今から10年も前の仕事なのですね。鳥類でゲノムサイズが小さいと世代時間も短いという現象があるそうです。面白い議論をしているなと思いました。本種でも発生を速めるために、ゲノムに様々な修飾が加えられてきたことは、まず間違いのないことです(また能動的な言い方をしてしまいました…(ただの喩えです)。実際は「進化は受動的に起こる」で書いたようにこのような変化は受動的に起こるもの(小さなゲノムが選択されてきたというもの)です)。

 カタユウレイボヤやマボヤの発生では、受精後、ooplasmic segregationという卵細胞質の再配置が行われ、胚が回転対称から左右相称になるのに重要な役割を果たしていますが、ワカレオタマボヤではooplasmic segregationが起こりません。またカタユウレイボヤやマボヤ胚にはマイオプラズムというミトコンドリアが濃縮した特異な細胞質領域が存在して、筋肉の発生や割球の不等卵割に重要な役割を持っているのですが、ワカレオタマボヤ胚にはマイオプラズムもありません。
 しかしながら、本種の発生パターンはホヤ胚のものと、全体的によく似ています。ホヤの発生自体、ものすごく速いものなのですが(例えばカエルの原腸胚には割球が1万個くらいありますが、ホヤは100個くらいです)、ワカレオタマボヤの発生はさらに細胞分裂2つ分ほど速く進みます。つまり、ホヤの発生では約100個くらいの割球がある時に割球の細胞運命の決定が起こる(予定筋肉割球なら筋肉になることが決まる)のですが、ワカレオタマボヤでは32細胞期に割球の発生運命が決定されます。ホヤと違って胚に明確な中心軸(左右を2つに分ける軸)のようなものはありません。

 生殖細胞の形成は5日目に数時間で起こります。メス個体の卵巣は最初はシンシチウム状態(多核状態)なのですが、ナース細胞と卵母細胞とが分かれて最終的に卵が形成されます。

 以前「2R仮説」で書いたように本種のゲノムは1倍体ですし、「トランスポゾンを用いたミュータント作製」で紹介した Minos トランスポゾンを用いれば、脊索動物のモデル動物として理想的なものになると思うのです。この仕事は誰がやっても素晴らしいものになると思っています。「マウスやゼブラフィッシュよりも良いですよ!!」と宣伝したくなるくらいです。ゲノムが大分変形していることが、ゲノム学者には気に入らないかも知れませんが…。

 本種の精子では、ホヤ類と違って明確な先体反応(受精時にアクチンが急速に重合して先端から突起が伸びる現象)が起こることが

Zoomorphology 108, 229-243 (1988)
Fertilization in Oikopleura dioica (Tunicata, Appendicularia): Acrosome reaction, cortical reaction and sperm-egg fusion(ワカレオタマボヤの受精:先体反応、表層反応、精子と卵の融合)
Linda Z. Holland, et al.

に図示されています。カタユウレイボヤやマボヤでは、先体反応が起こらないか、先体胞が小さすぎて顕微鏡では見えないのか、先体突起を明確に観察したという報告が未だにないのです。

 

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