今回紹介する論文は

Proceedings of the National Academy of Sciences 102, 15134–15139 (2005)
Transposon-mediated insertional mutagenesis revealed the functions of animal cellulose synthase in the ascidian Ciona intestinalis(トランスポゾンを介した遺伝子挿入変異によってホヤ胚におけるセルロース合成酵素の機能が解明された)
Yasunori Sasakura, Keisuke Nakashima, Satoko Awazu, Terumi Matsuoka, Akie Nakayama, Jun-ichi Azuma, and Nori Satoh

というものです。

 この論文の第3著者の粟津さんは、当研究室の山田さんの奥様です。第2著者の中島さんには以前マボヤの「被のう」を見せてもらったことがあります。形はホヤの被のうそのものなのですが、色が真っ白で紙粘土で作ったモデルのように美しい出来映えでした(紙粘土の主成分も同じセルロースです)。感心して見ていると中島さんは「強アルカリの水溶液(水酸化ナトリウム)にしばらく被のうを漬けて、タンパク質を溶け出させてあげればいいんですよ。」と作り方を教えてくれました。いつか作って、研究室に飾っておこうかと思っています。
 セルロースというのはデンプンと同じようにグルコースがつながった高分子なのですが、つながり方がちがいます。セルロースは木材なんかの主成分になっていて、植物ではメジャーな分子なのですが、動物でセルロースの生合成を行うことができるのはホヤ類だけです。以前子ども向けの科学まんがで、「セルロース分解酵素の遺伝子を導入できたら世界が変わるかもしれない」という記述がありました。木を食べる昆虫にシロアリがありますが、別にセルロースの分解酵素を持っているわけではなくて、分解酵素を持つ細菌を体内に住まわせているだけです。セルロースが色々な生き物の食べ物になると世界がメチャメチャになってしまうかもしれないので(木の家が一転して「お菓子の家」になります)、そんな恐ろしいことは考えないでおきます。

 本種のセルロース合成酵素には Ci-CesA という名前がついています。もとを辿ると遺伝子の水平伝播によってバクテリアから伝わったものです。笹倉さんたちは Minos というトランスポゾンベクターを用いてミュータントを作製しました。つまり、ゲノム中にランダムに Minos トランスポゾンベクターを挿入して、表現型が変になったミュータント・ホヤについて、どこにベクターが挿入されたことによってその異常が生じたのか調べたのです。
 ミュータントには swimming juvenile(sj:泳ぐ幼若個体)と名付けられたものがありました。ホヤ胚の発生では、オタマジャクシ型の幼生から、尾が引っ込み、樽のような姿の幼若個体へと変態していきます。まず sj ミュータントでは被のうの形成が異常になっているのですが、それに加えて sj ミュータントでは変態のプロセスもおかしくなっています。つまり尾部の吸収が起こらないで、変態が起こっても長いままになるというのです(これが swimmming juvenile の語源になっています)。
 Minos トランスポゾンの挿入位置を調べたことで sj 突然変異の原因遺伝子が、Ci-CesA(セルロース合成酵素)であることが分かりました。ということは、sj 個体でも被のうが出来てくることが疑問になりますが、調べたところ sj 個体の被のうはセルロースなしの、機械的強度の弱い被のうであることも見いだしています。

 セルロース合成酵素のような構造遺伝子が欠失すると、被のうにセルロースができなくなるというのは想像可能なのですが、変態が異常になるというのは不思議な気がしますね。たぶん、被のう中のセルロースを足場とする未知のシグナル分子が存在していて、変態時の尾部吸収プロセスを開始させるのに重要な役割を果たしているのだと思います。

 この論文が出た頃は脊索動物の根本はホヤ類だと考えられていたのですが、最近それが覆されて、根本はナメクジウオだ、ということが分かってきました。ということは「ナメクジウオのような祖先型の動物に、セルロース合成酵素遺伝子が水平に伝播されて、ホヤ類のボディ・プランが進化してきたのだ」ということを意味します。状況が変わるとまた新たな興味が生じてくるという、歳月が経っても内容が古びない、素晴らしい仕事です。PNAS も非常に良い雑誌なのですが、この論文を読んでいると、それよりも上の Nature や Science の論文を読んでいるような印象を受けました。研究者が一生に1本書けるかどうかというレベルの、ものすごく良い論文だと思います。また、系統樹のトポロジーが変わるということは、あまり大したことではないんじゃないかと考えている方もいるとは思いますが、やはりとてつもなく大きな事なのだということを再確認しました。

 最後に Minos というトランスポゾンはカスリショウジョウバエ Drosophila hydei からギリシャの Charalambos Savakis さんによってベクターとして確立されました。彼は Minos BioSystems というベンチャー事業も行っています。このトランスポゾンは昆虫でも脊索動物でも働きうるということは、人体にとっては有害な影響はないのかと心配される読者の方もいらっしゃると思いますので付言すると、ホヤおよびホヤの飼育に用いた海水は全て消毒処理を行って、生きたホヤが海中に放出されることが起こらないようになっています。
 以前に別種のホヤではENUなどの化学変異原を用いたミュータント作りが進められていたのですが、笹倉さんたちは「それでは遺伝子の同定に(掛けあわせ実験を行わなくてはいけないので)時間がかかりすぎてしまう。挿入による変異体作製の技術を確立させなくてはならない」と考えていたようです。その話は笹倉さんの書いた文章(http://www.zoology.or.jp/html/04_infomembers/04_gakkaisyourei/senkoukekka/2006_sasakura.htm)に詳しく載っていますので、興味のある方はご覧下さい。

 

←論文は短く!   →網羅性

ホームページへ