今回紹介する論文は

Biol. Bull. 209, 107–112 (2005)
Self- and cross-fertilization in the solitary ascidian Ciona savignyi(ヤワラカユウレイボヤの自他受精)
Di Jiang and William C. Smith

というものです。短い論文ですが、我々の研究にとっては重要な仕事です。ヤワラカユウレイボヤの自他認識については、過去に色々な研究者が相異なることを言って混乱していたので、統一的な見解を知る必要もありました(例えば別の論文には、カタユウレイボヤのほうがヤワラカユウレイボヤよりも自家受精しやすいと逆のことが書いてあったりします)。この論文が本種の自他認識についての決定版と言えるものだと思います。

 ヤワラカユウレイボヤはカタユウレイボヤと同じCiona属に分類される動物です。20年ほど前にはカタユウレイボヤよりもより頻繁に実験動物として使われていました。卵の細胞膜がプリっとしていて、膜に針を刺しても細胞の中身が外にはみ出しにくいなど、カタユウレイボヤやマボヤよりも実験動物として優れた点も多いのです。属というのは種のすぐ上のグループで、ものすごく近い分類群です。例えば、チンパンジーとかナデシコ、とか言った場合は種ではなくて属の名前を指すことになります。チンパンジーにはナミチンパンジーの他にボノボ(ピグミーチンパンジー)という種がいます。ナデシコ属には約300種が属しています。

 実際これらの種は今から数十年前には同じ種(ユウレイボヤという名前の種です。今でも古い図鑑にはそのまま載っています)だと考えられていました。現在、カタユウレイボヤも太平洋および地中海にいる個体と、大西洋にいる個体は別々の種だと考えられていますので、そのうちそのような名前が付けられていくのだと思います。

Marine Biology 151, 1839-1847 (2007)
Genealogical relationships within and among shallow-water Ciona species (Ascidiacea)(浅海の Ciona 属の種たちの系統関係)

という論文では種名は命名されておらず、そのかわりにtype A、type Bと呼ばれているみたいです。その後種名が定められたのであれば、どなたか教えて下さい。
 ちなみにイヌという種はチワワのようなものからセントバーナードに至るまで、ものすごく形態的な変異に富んでいますが、これらの個体は全て同一種であるそうです。面白いですね。ついでに記述するとイヌ自体もオオカミと同種(亜種の1つ)なのだそうです。

 この2種は非常に近縁な動物なのですが、「カタ〜」は自家不和合性を示すのに、「ヤワラカ〜」は自家和合性なのです。これはいったいどういうことになっているんだろう?と調べたのが、Jiangさんらのこの論文です。
 Jiangさんらは形態的なミュータントや光るホヤを使って、和合性を調べました。その結果面白いことに、確かにヤワラカユウレイボヤという動物は自家和合な生き物なのですが、同時に自己の精子と他者の精子を明確に区別するということが分かりました。自己精子の受精にはずっと長い時間がかかって、自己精子と他者精子が混在した場合は後者の精子による受精だけが優先して排他的に起こります。
 この区別を行う分子は、十中八九、カタユウレイボヤと同じテミス分子と予想されます。ヤワラカユウレイボヤのゲノムは既に解読済みのものですが、予想通りその中には4つのテミス遺伝子のクラスターが見つかっています。Jiangさんらは自他認識を行う場が卵膜であることも証明していますが(卵膜を剥くと自他識別が起こらない)、これは他のホヤと共通のよく知られた現象です。ちなみにカタユウレイボヤのv-テミス分子というのは卵膜の構成成分の1つです。

 私が考えるに、カタユウレイボヤでも自家精子の拒否というのは完全なものではなくて、途中で死にますがある程度の卵は受精しますので、ヤワラカユウレイボヤの自家受精というのもこれと似たようなものではないかなと思っています。ヤワラカユウレイボヤは単一個体からゲノムDNAを抽出してシーケンスを読んでも2つのアセンブルが出来たほど、対立遺伝子の変異が大きいことが分かっていますので、自家受精しても致死にはならないでちゃんと育ったのではないかと(上の論文の議論(自家和合から自家不和合に進化しつつあるというもの)とは多少異なっていますが。詳しくは述べませんがこの論文の議論も、見事なアイディアで正しいものだと思っています)。

 ところでマボヤの自家不和合性は、これらの種とは全然異なっているそうです。「自家受精する個体や、他家不和合性を示す個体の組み合わせは、今までに一度も見つかったことがない」と澤田先生が言っていました。澤田先生は、マボヤではテミス遺伝子とは違った分子によって自他識別がなされると考えているようです。まずテミス遺伝子の相同遺伝子がマボヤには存在するかどうか調べる必要がありますが、もししくみが明らかになったらものすごく面白いですね!

 

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