今回は

Development 138, 2871-2881 (2011)
Ci-Pem-1 localizes to the nucleus and represses somatic gene transcription in the germline of Ciona intestinalis embryos(カタユウレイボヤ胚の Ci-Pem-1 タンパク質は核に局在して、生殖系列細胞が体細胞遺伝子の転写を行うのを抑える)
Maki Shirae-Kurabayashi, Kazuki Matsuda and Akira Nakamura

と言う論文の紹介です。

 pem(ペム)という遺伝子は1996年に初めてヤワラカユウレイボヤから単離されました。

Development 122, 2005-2012 (1996)
Posterior end mark, a novel maternal gene encoding a localized factor in the ascidian embryo(ホヤ胚に局在する因子をコードする新規母性遺伝子 pem)
Shoko Yoshida, Yusuke Marikawa and Noriyuki Satoh

 pemは「ホヤ発」のシグナル分子としては殆ど最初のもので、佐藤さんもこの論文が出たことで「どうやらこの方向で行けそうだ」という確信を深めることになったのでは?と思われる、ホヤ研究者にとってはランドマーク的な仕事です。仕事内容も現在の目で見ても非常に美しいものです。論文に名前が出ているので実名を書いてしまいますが、第一著者の吉田さんというのは大学院の私の同級生でとても控えめな女性でした。でも私がこれまでお逢いした人間の中で、おそらく最優秀の頭脳の持ち主の1人です。字も美しいしイラストも綺麗だしソフトボールの守備も素晴らしい、「優秀な頭脳の持ち主というのは何でもできるのだなあ」と感心することしきりでした。彼女の頭脳が素晴らしいというのは私だけの意見ではなく、彼女に会ったことのある人はみんなそう言っていました。こんなことを書くと、ぶんぶんと頭を振って否定することと思いますが。。彼女の天才性の傍証の1つとして、1997年にはベータ・カテニンとWnt分子がpemと関わっているのではないかと言い出して実験を始め、見事にそれを証明していました。当時なぜ彼女がそう考えたのか私には理解できませんでした。まるで予言者というか未来から来た人のように見えます。
 pem(posterior end mark:後極マーク)という名はおそらく佐藤さんが中心となって命名した遺伝子名だと思いますが(私は万里川さんと吉田さんの名前を取って "マリヨシンにしたら?" とかセンスの悪いことを言っていましたから)、遺伝子の特徴を的確につかんだものすごく良い名前だと思います。

 10年ほど前にアメリカの発生生物学者マイク・レビンが研究室に現れたことがあって、吉田さんから見せられたアミノ酸配列の図を見て、C末に4アミノ酸の特徴的な配列があることから「この分子はレプレッサー(転写抑制因子)に違いない」と看破していました(WRPWモチーフという名前が付いています)。生物学の研究室にいる大学院生ならこれがどんなに凄いことか想像できると思います(現在では配列をクエリーにしてこのようなモチーフを検索することが可能です)。
 以前「ガリレオ」というドラマがあったのですが、吉田さんやらマイク・レビンやら実在する天才的な頭脳の存在を目の当たりにしていただけあって、びっくりすることはありませんでした。ただこのドラマはとても良いドラマでした。
 「ガリレオ」ドラマの中で主役の湯川先生は「これはまだ仮説の段階だから口に出すことはできない」と何度か言いますが、これはむしろ逆で、有力な仮説を思いついたら、研究室の大学院生に図ってみて考えさせてみることが、学生にとって大切な教育機会になると私のいた研究室の先生たちは考えていました。どこの研究室でもそうだったと思います。

 話が大分それてしまいましたが、pem遺伝子は、母性遺伝子なのですがその名前の通り胚の最後極にある細胞に局在しつづけます。つまり母性mRNAを分配する仕組みが存在して(CAB:キャブと言う名前がついていますが詳細はまだ別の機会に記述することにします)、細胞が分裂するたびに後方の割球のみがpem母性mRNAを受け継ぐことになります。この部分には将来、生殖細胞になる細胞があります。
 ショウジョウバエのPgcや線虫のPIE-1などの分子は一般的な転写を阻害して、生殖系列における体細胞遺伝子の発現を抑制しています。
 倉林さんたちは、Ci-Pem-1(カタユウレイボヤにおけるpem分子です)タンパク質が生殖細胞の核に局在することを見つけました。モルフォリノ・アンチセンス・オリゴヌクレオチドの注入によってこの遺伝子の発現を抑制すると、抑えられていた体細胞遺伝子の抑制が解除されて、本来発現が起こらないはずのこれらの遺伝子が発現してきます。モルフォリノ・アンチセンス・オリゴヌクレオチドという言葉にちょっと説明が必要かもしれないので補足すると、普通のアンチセンス・オリゴヌクレオチドを細胞に注入した場合は細胞内のRNA分解酵素によって速やかな分解がおこりますが、この分子はモルフォリノ骨格(デオキシリボースの代わりにモルフォリン、リン酸の代わりにフォスフォロジアミデイトを用いてオリゴDNAを化学合成したもの)からなっていてRNA分解酵素による攻撃を受けません。なので長寿命のアンチセンス・オリゴヌクレオチドとして使われています。ホヤ胚の研究ではよく使われていますし、医療にもよく使われています。
 倉林さんらは、さらに免疫沈降を行うことで、Ci-Pem-1分子がGrouchoと相互作用できることも明らかにしています。GrouchoというのはゲノムDNAに結合できないレプレッサー(コ・レプレッサー)ですので、ゲノムDNAとの結合はpemの役目で、会合した複合体が完全なレプレッサーとなって対象遺伝子の転写を抑えていることになります。
 ちょっと余談ですが、pemは母性mRNAですので、pem遺伝子の発現する細胞はステージが早いほど生殖細胞以外にもいっぱいあることになります。これらの細胞でも対象遺伝子の発現が抑えられていることを倉林さんらは明らかにしていますが、これは本題からちょっと外れた話です。
 大切なのはpemが生殖細胞系列で体細胞遺伝子を沈黙させるのに中心的な役割を果たしているということです。pemの機能はこれだけではないのですが、吉田さんたちが遺伝子を発見してから10年以上が経過して、pem分子の重要な機能が解明されました。倉林さんたちの素晴らしい仕事だと思います。

 

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