きちんとした仕事の紹介が可能であるか不安は残るのですが、今回は動植物アロ認証という研究領域の班員の1人でもあります森稔幸先生の「性決定」の仕事の紹介です。間違っているところがあったらメールで教えて下さい。
 重要になるのは森先生の見つけられたGCS1(Generative Cell Specific 1:生殖細胞特異的1)という遺伝子です。

Nature Cell Biology 8, 64 (2006)
GENERATIVE CELL SPECIFIC 1 is essential for angiosperm fertilization(GCS1は被子植物の受精に必須である)
Toshiyuki Mori et al.

Current Biology 18, 607–613 (2008)
Male fertility of Malaria parasites is determined by GCS1, a plant-type reproduction factor(マラリア原虫・雄の稔性はGCS1によって決定される)
Makoto Hirai et al.

 私ははじめてこの遺伝子の名前を聞いたとき、すごい発見だけどキャッチーな(人を惹き付ける)遺伝子名じゃないなあと思ったのですが、ちゃんとキャッチーな名前も用意されています。yuino ユイノウ(結納)というものです。今後は多分後者の名前が残っていくと思うので、論文では前者の名前がよく使われているのですが、この文章では後者の名前を使っていくことにします。私の経験から想像するにGCS1というのは最初にこの遺伝子が取られたときに仮命名された名前だと思います。
 森先生はディファレンシャル・ディスプレイ解析を行うことによって、最初にテッポウユリの花粉からこの遺伝子を見つけました。テッポウユリなどの被子植物では、受粉がおこると花粉は発芽して花粉管という長い管を伸ばして、精細胞をめしべの根元にある胚珠に送り込みます。シロイヌナズナでこの遺伝子が働かなくなった変異体の表現型を調べると(いちいちミュータントを自分で作らなくてもストックセンターのようなものがあるのですね。素晴らしいことだと思います。)、受粉から花粉管をのばして精細胞を送り込むまでのステップは正常なのに、最後の精細胞と胚珠にある卵細胞の細胞膜が融合する現象のみが起こっていませんでした(つまり受精が起こらない)。森先生たちはさらに解析を行い、マラリア原虫やヒドロ虫にもユイノウ遺伝子が存在すること、そしてマラリアでは雄の個体だけでユイノウ分子が働いていて、雄の稔性に必須であることを突き止めました。森先生は、植物でもマラリア原虫でも、ユイノウ遺伝子が雄の個体のみで機能していることから、この分子が「男・女」という性決定の決定的分子ではないか、と推論しています。クラミドモナスという単細胞性の藻類でもユイノウ遺伝子の相同遺伝子が見つかってHAP2という名前がついています。そして同じように片方の性のみの個体で機能して2つの個体が融合するのに重要な役割を果たすということが分かっています。

 性決定という問題ですが、同じ脊索動物に分類されていても、例えばほ乳類はXY型(雄の性染色体がヘテロ)なのに鳥類はZW型(雌の性染色体がヘテロ)だったりします。ほ乳類の性決定因子 Sry がメダカの性決定因子としては見つからなかったり、逆にメダカの性決定因子 DMY がほ乳類の性決定因子ではなかったりします。さらに、は虫類などでは遺伝的因子ではなくて環境的因子、すなわち卵の生育温度によって性決定が行われたりします。蛇足ですが、このように性決定因子は非常に種間で変異に富んでいるのですが、それを一皮むくと性決定の分子メカニズムは今度は非常に保存性が高いことに驚くと思います。詳しくは説明しませんが、メダカとほ乳類の性決定で働く遺伝子カスケードはほとんど同一に見えます。

 誤解を避けるために一言記述しておきます。森先生は「動植物に共通な〜」というタイトルに名前のついた研究費を獲得しておられるし、マラリア原虫も「虫」という名前がついているので、原始的な動物の一種じゃないかと思われている読者の方もいると思うのですが、マラリア原虫には葉緑体の痕跡も残っていて、どちらかと言えば植物の仲間に近いです。この生物に近い仲間としては(一部では)よく知られている渦鞭毛虫というプランクトン性の藻類がいます。動物というのはヒドロ虫のことで、この生き物はイソギンチャクやクラゲと同じ門に属するれっきとした動物です。夏の海なんかによくいるカツオノエボシもヒドロ虫の仲間です。ただヒドロ虫は別の藻類と共生していることが非常に多いので、もしかしてユイノウ遺伝子がそちらのものじゃないかという心配もあります。ですので、森先生は現在ネマトステラというイソギンチャクの仲間からこの遺伝子の単離を進めておられると思います。ネマトステラは既にゲノム解読も終了しているので、もし遺伝子があればすぐに見つかると思います。

*「性決定の補足・訂正」に補足・訂正記事があります。

 

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