10回目の今回はいよいよ特に書きたかった文章を書こうと思うのでワクワクしています。我々の研究分野に近い(動植物アロ認証という研究領域の班員の1人)岩野恵先生の所属する研究室(高山誠司先生の研究室)から出た論文の紹介です。
 論文は2010年にScience誌に掲載された
Collaborative Non-Self Recognition System in S-RNase-Based Self-Incompatibility(S-RNase型の自家不和合性における協調的な非自己認識システム)
Ken-ichi Kubo, et al.
Science 330, 796 (2010)
というもので筆頭著者は久保健一さんという方です。とにかくこれが素晴らしい論文なのです。

 ナス科やバラ科など多くの植物で自己・非自己識別がS(自己・非自己識別(Self/nonself-recognition)の頭文字)-RNaseとタンパク質分解酵素によってコントロールされていることが分かっています。これをS-RNase型の自家不和合性と言います。蛇足ながら自家不和合性というのは自分の花粉と自分以外の花粉とを見分けて、自分の花粉による受精(自家受精といいます)が起こらないようにすることです。
 自家不和合性をコントロールする花粉側の因子がSLFと名付けられたFボックスタンパク質であることは早くから分かっていました。しかしながらこのタンパク質は対立遺伝子間での配列の変異が極めて小さく、この問題は「S-RNase型自家不和合性」の大きな謎となってきました。

 Fボックスタンパク質はSkp1タンパク質やカリン(Cullin1)タンパク質と会合して、SCF(Skp1-Cullin1-F box)ユビキチンリガーゼ複合体というものを作ります。ユビキチンリガーゼというのも説明が必要だと思いますので簡単に説明すると、不要になったタンパク質を選択的に分解するために、細胞はタンパク質にユビキチンという小さなタンパク質分子をラベルとして付けます。ユビキチンリガーゼというのはこのラベルを付ける酵素です。ラベルが付けられたタンパク質はプロテアソームという巨大分子複合体によって選択的に分解されるというわけです。また脇道にそれる話ながらトリプシンに代表される消化酵素などの選択性の広いタンパク質分解酵素というのはそれを産生する細胞にとっては非常に有害なものです。その活性を厳密にコントロールして細胞外でのみ活性が発揮されるようにするために、トリプシンはプレプロタンパク質・プロタンパク質と2回も限定分解されており、細胞内にある前駆体では活性が発揮されないようになっています。

 雌しべではS-RNaseという分泌型RNA分解酵素が産生されています。この酵素が分泌されて、花粉管のリボソームRNAやtRNA、mRNAとその前駆体など様々なRNA分子が分解されて、究極的にはその伸長を止めるようです(間違って記憶していました。すみません。でもこの研究の素晴らしさを感じるためには、本質的な誤りではないのです。私はこの論文は、植物の自己非自己識別の研究の中で最高のものだと思います)。SLFという花粉側のデターミナントは細胞外に分泌されて、雌しべの細胞によって細胞内に取り込まれます。取り込まれたSLFは雌しべの細胞のSkp1やCullin1と会合して複合体を作り、そのS-RNaseにユビキチンラベルを付けます。ここでS-RNaseを選択的に認識するのがSLFだ、とこういうわけなのです。ラベルされたS-RNaseはプロテアソームによって分解され(なので分泌されない)、このことによって「解毒」が起こるので、めでたく受精が起こるというわけです(興味のある方に日本語の書き物もあるので紹介します。URLは http://first.lifesciencedb.jp/archives/1561 です)。

 ここからが一番面白いところです。自己・非自己識別には「自己認識」と「他者(非自己)認識」という2つのタイプの分子認識に依るものがありますが、「自己認識」に比べて「他者認識」の方が必要な分子間相互作用の数がものすごく多くなります。例えば20個の対立遺伝子があった場合、「自己認識」の場合は必要な分子間相互作用の数は20通りだけです。しかしながら「他者認識」の場合は20(対立遺伝子の数)×19(自分以外の対立遺伝子の数)=380通りの分子間相互作用が必要となってしまいます。なので実際には他者の場合でも受精が起こらない組み合わせというものがあると思うので相互作用の数はもう少し少なくなっているかも知れません。しかしながらそうすると今度は生殖上大いに不利になってしまうので、生き物は子孫を残していくためにできるだけ多くの自分以外の相手と受精できるようにしてきたと思います。
 ちょっと脇道にそれましたが、久保さんらのこの論文が特に素晴らしいのは「1つの自家不和合性遺伝子の中には複数コピーのSLFが含まれている。しかしながら自分自身のs-RNaseを認識するSLFのみが欠けている。」ことを明らかにしたということです。このことによって長年の謎も氷塊しました。つまり「ある種類のSCFユビキチンリガーゼがS-RNaseを認識しなかった場合でも、他のリガーゼがいくつも形成されて、その中にはS-RNaseを認識するものが必ず存在する。」と言うわけなのです。自分の花粉の場合には「いくつもSCFユビキチンリガーゼはあるが、自分自身のS-RNaseを認識するものは1つもないので、S-RNaseはそのまま残り、RNAの分解が起こる。」ということです。
 ですので裏を返すようですが、S-RNase型の他者認識というのは「自己のみが欠けている」という自己認識の一種である、ということが言えるかと思います。

 高山先生とは以前学会でお会いしたことがあり、いろいろなことを教えていただきました。素晴らしい先生であると思います。久保さんがまだ研究室におられるかどうかは分かりませんが、お会いすることがあったら「2010年のあなたの論文は、あれは本当に素晴らしい論文ですよ。」と一度話をしてみたいなと思います。

 自己宣伝になってしまいますが、以前に書いた
Int. J. Dev. Biol. 52: 637-645 (2008)
Allorecognition mechanisms during ascidian fertilization(ホヤにおける自他認識)
Yoshito Harada and Hitoshi Sawada
と言うレビューは「自己認識」のものよりも「他者認識」の方が、必要な分子間相互作用の数がものすごく多いことを図を描いて分かりやすく説明した私の知る限り世界で最初のレビューだと思います。自分で言うのも何なのですが、このレビューは非常によく書けているので、もし今後高山先生が久保さんのお仕事を紹介するときに、引用文献の数に余裕があったらその中に紛れ込ませて下さるとありがたいです。この論文の中には自己・非自己識別に関わる遺伝子座位の数に関するモルガンの記載に対する推理(ちょっとミステリーもどきになっていて理解できる人にはこの上もなく面白いです)や、もう今後引用される回数も少なくなっていくと思うのですが村部さんと星先生の先駆的な素晴らしい研究が紹介されています(時間のあるときにこの欄で紹介します)。

 それでは、また長くなってしまいましたが(この欄の文章は気軽に読み流せるようにA4一枚程度に収まるくらいの文章量にしようと決めていますので)今回はこの辺で。

 

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