今日のテーマは発生と遺伝ということです。

 Trends in Genetics(遺伝学の趨勢)というレビュー誌に載っている論文が発生生物学のものばかりなのに驚いた大学院生は洋の東西を問わず大勢いると思います。私もその1人でした。でも古くから遺伝学の好材料として使われてきたショウジョウバエから様々な発生異常を示すミュータントが単離され、その発生メカニズムの概要も次々と解明されていきました。そうした例を見るに、この雑誌のタイトルは正しかった(発生生物学は遺伝生物学の一分野)のだと思います。そのような解析が一気に行われた80年代から90年代前半という時代は本当に発生学の研究者にとってはわくわくするような時代であったと思います。今では発生学研究は一段落していますが、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスの作製というのは、これは発生生物学の大きな成果で生物学の全ての分野で盛んに使われています。
 発生生物学には遺伝学と生化学という2つの大きなアプローチの潮流がありました。前者の方向を選択した研究者が重んずるのは「遺伝学的な解析をするために、モデル動物の世代時間が短い」と言うことです。それに対して後者の方向を選択した研究者は「生化学的な解析をするために、モデル動物の体が大きく得られる配偶子の量も多い」と言うことを重んじました。
 私の留学先のボスの先生は後者のアプローチを採用して、モデル動物として同期した配偶子が大量に得られるウニを選択しました。その結果どうなったでしょうか?
 前者のアプローチを採用したショウジョウバエ研究からは数々のシグナル分子が得られて発生のメカニズムも明らかになってきたのに、そのような分子は量が少ないのでウニから得られたのは大量にある構造タンパク質ばかりでした。
 その先生はとにかく頭の良い優秀な研究者だったので、それだけでは終わらなかったのですが、それでもショウジョウバエの研究者たちに敗北したことは否めません。今後はポストゲノム時代ですので、上の2つの点に加えて、ゲノムがあまり変形していないで原型を留めている(ナメクジウオのように)ということも大きな要素になっていくと思われます。
 私が現在専門とする受精の分野もそのフレームワーク(枠組)は過去の生化学的研究によって作り上げられてきたものですが、ノックアウトマウスができるたびに、と言っていいかと思うのですが、その結果がどうも既存のフレームワークと合わないのではないかと、作り直しを迫られています。英語でcard towerという言葉がありました。トランプで作られた塔のように地盤がしっかりしていない、ぐらぐらとして倒れやすい、と言った意味です。私は地盤のしっかりした塔を構築するために、受精に異常を示すノックアウトマウスをリストアップして、生化学ではなく遺伝学的な方面からフレームワーク作りをし直すのがこれからの受精研究が求められる道だと思います。

 

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